湯川村: 勝常寺

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概要・歴史・観光・見所
勝常寺(湯川村)概要: 瑠璃光山勝常寺は福島県河沼郡湯川村に境内を構えている真言宗豊山派の寺院です。勝常寺の歴史は古く、平安時代初期の大同年間(806〜810年)に弘法大師空海がこの地に阿弥陀仏を祭り会津地方の鎮護にする計画があったそうです。志半ばで空海はこの地を去ることになり弘仁元年(810)に徳一上人が跡を継ぎ勝常寺を開山しました。一説には大同元年(806)に磐梯山が大爆発を起こした事で会津地方が大災害となり、それを憂いた徳一上人が5躯の薬師如来像を彫刻すると中央薬師(勝常寺:福島県湯川村)・東方薬師(慧日寺:福島県磐梯町)・西方薬師(上宇内薬師堂:福島県会津坂下町)・北方薬師(北山漆薬師:福島県北塩原村)・南方薬師(野寺薬師:福島県会津若松市)としてそれぞれ祭ったと伝えられています。一方、欽明天皇元年(540)に創建したと伝わる高寺の三十六坊の一つ「慈光坊」が前身寺院という説もあり、こちらの説が正しければ創建年はさらに遡る事になります。勝常寺は別称会津中央薬師と呼ばれているように磐梯山を鎮める鬼門の中央に位置し、最盛期には境内に七堂伽藍が建立され12坊、100余ヵ寺の子院を抱える大寺院として信仰を広げました。室町時代初期の応永5年(1398年)に火災がありにその直後に再建されましたが、天正17年(1589)に伊達政宗の会津侵攻で講堂(現薬師堂)以外は兵火で焼失してしまいます。江戸時代に再建され、伽藍の規模は縮小しましたが講堂(現薬師堂)が焼失を免れた事もあり本尊薬師三尊像(国宝)をはじめ多くの仏像や寺宝が残り現在に伝えています。

勝常寺薬師堂は室町時代初期の再建時に建てられ、芦名家家臣富田祐持が普請したとされ、木造平屋建て、寄棟、銅板葺き、桁行5間、張間5間、外壁は真壁造り板張り、四柱造りで、室町時代初期に建てられた御堂建築の遺構として大変貴重な事から明治36年(1903)に国重要文化財に指定されています。勝常寺山門は寄棟、銅板葺き、三間一戸、八脚単層門、左右に仁王像安置、その上部には大草鞋が掲げられています。会津三十三観音霊場第10番札所(札所本尊:十一面観音菩薩・御詠歌:幾たびも歩みを運ぶ勝常寺 生れ会津の中の御佛)。会津五薬師(中央薬師如来)。会津十二薬師霊場第四番札所。山号:瑠璃光山。宗派:真言宗豊山派。本尊:薬師如来。

勝常寺の文化財
・ 薬師如来坐像−平安時代初期−像高141.8cm、ケヤキ材−国宝
・ 日光菩薩立像−平安時代初期−ケヤキ材、一木造−国宝
・ 月光菩薩立像−平安時代初期−ケヤキ材、一木造−国宝
・ 薬師堂(元講堂)−室町時代初期−国指定重要文化財
・ 木造十一面観音菩薩立像 −平安時代初期−国指定重要文化財
・ 木造聖観音菩薩立像-平安初期-ケヤキ材、一木造-国指定重要文化財
・ 木造地蔵菩薩立像(延命地蔵)−平安時代初期−国指定重要文化財
・ 木造地蔵菩薩立像(雨降り地蔵)−平安時代初期−国指定重要文化財
・ 木造四天王立像 (持国、増長、広目、多聞)−平安時代初期−国指定
・ 木造天部立像(伝・虚空蔵菩薩像)−平安時代初期−国指定重要文化財
・ 木造徳一菩薩坐像−像高86.9cm,欅,一木造−湯川村指定文化財
・ 木造千手観音座像−像高80cm,寄木造−湯川村指定文化財
・ 絹本着色両界曼荼羅図(金剛界・胎蔵界)−室町−湯川村指定文化財
・ 絹本着色真言八祖像掛軸−縦102.5cm、横43.0cm−湯川村指定文化財
・ 絹本着色十二天画像掛軸−湯川村指定文化財
・ 木造不動明王立像−檜材、一木を内刳−湯川村指定文化財
・ 木造十二神将立像−室町-像高は88.2〜97.4cm−湯川村指定文化財

勝常寺:写真

勝常寺
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