福島県・弘法大師空海:縁の社寺・温泉

福島県:歴史・観光・見所(ホーム)>弘法大師空海

社寺・温泉:一覧

名 称
場 所
内   容
猪苗代湖・福島県
・猪苗代町
・伝説による平安時代初期に巡錫で当地を訪れた弘法大師空海が喉の渇きを覚え、機織りをしていた女性に一杯の水を求めました。しかし、女性は仕事中で姿格好から不審者と思い丁寧に断り、隣の集落でも同様に遠慮され、最後の一軒を訪ねると年老いた翁と孝行な娘が、米のとぎ汁ならと差し出したのでようやく水に有り付けました。空海はその親子に、今晩どんな事になってもこの家からは出てはいけない事を告げ姿を消すと、それから直ぐ今まで聞いたことない轟音が鳴り響き朝まで続きました。翌朝、轟音が静かになった事から窓から外を覗いてみると、辺り一面水没し大きな湖(猪苗代湖)となり、親子の家の周辺だけが島のように取り残され、空海の願いを断った村々は跡形もなく姿を消し、この島が翁島と呼ばれるようになったと伝えられています。
磐梯山・福島県
・猪苗代町
・伝説によると平安時代初期に弘法大師空海が当地を訪れた際、磐梯山に巣くう「手長」、「足長」と呼ばれる巨人の夫婦が周辺の村々に散々悪行を行い村人達が困っていました。村人達は名僧として名高い空海に「手長」、「足長」討伐を懇願しそれを受け入れたものの、力では到底かなわなかった事もあり一計を案じ、知恵比べを行う事にしました。空海は「手長」、「足長」に対して、体の大きさを自由に出来るそうだが蟻んこ位には流石に出来ないだろうと挑発すると、「手長」、「足長」はそんなの簡単に出来るよと告げ蟻のように小さくなりました。すると空海は小さくなった「手長」、「足長」をひょいと摘まむと、法術を施した霊壺に封じ込め磐梯山の山頂に祠を設けてそこに納め「磐梯明神」として祭ったと伝えられています。
・弘法清水・福島県
・猪苗代町
・由来等は良く判りませんでしたが、磐梯山の登山道沿いの標高1600m付近に位置し、休憩小屋が併設されているようです。
・鬼沼
・弘法の橋立
・福島県
・郡山市
・湖南町
・伝説によると、弘法大師空海が魔物退治の為に一晩で橋を架けようとしました。後ひと時で完成というところで、快く思っていないアマノジャクが鶏の真似し高らかに「コケコッコー」と泣いた為、夜が明けたと勘違いした空海は工事半ばで断念しこの地を去ったと伝えられています。
・伏竜寺・福島県
・郡山市
・湖南町
・伝承によると寛元4年(1246)又は大同年間(806〜810年)、巡錫で当地を訪れた弘法大師空海が近隣の村々に悪事を働く大蛇を成敗し、悪霊となった大蛇を諫める為に自ら千手観音像を彫刻し安置したと伝えられています。別の伝承では、疫病と飢えで多くの村人が苦しんでいた為、空海が霊木から千手観音像を彫刻し安寧を祈念したと伝えられています。※空海を主体とすれば平安時代初期の為に大同年間。千手観音像を主体と考えれば鎌倉時代の特徴がある為寛元4年という事になります。
・御札神社・福島県
・郡山市
・湖南町
・伝承によると平安時代初期に弘法大師空海が磐梯山を登拝し眼下を見下ろした際、当地域にただならぬ妖気に包まれていました。空海が下山して当地を訪れると案の定妖気が充満し、村人から話を聞くとここ最近毎年のように冷害となり農作物が採れず困っているとの事。そこで空海は4枚の霊札を奉納し法術を施すと不思議と妖気が晴れ豊作になったと伝えられています。
・福良の穴尾・福島県
・郡山市
・湖南町
・伝説によると当地に蔓延る大蛇を弘法大師空海が護摩祈祷により退けました。大蛇はもがき苦しみながら峠を越えたものの小枝坂までくると動く事も出来ない程弱り切ってしまいました。たまたま、そこを通った領主様は大蛇が横たわっているの見て、ここは天下の往来だ、最後まで見苦しい真似をするなと一括しました。大蛇は最後の力を振り絞り人気のない穴尾の山まで辿り着くと、大きな穴に首を突っ込んだまま息絶えたと伝えられています。
・ウグイ・福島県
・郡山市
・湖南町
・伝説によると猪苗代湖の対岸にいた弘法大師空海は舟津村に火急の危機を感じ、丸太船を造りながら急いで駆け付けました。鬼沼に辿り着き船底に溜まった削りカスを鬼沼に捨てると不思議な事に削りカスはウグイに姿を変え沼の底に姿を消したと伝えられています。現在でも鬼沼にはウグイの姿が数多く見られるそうです。
・弘法ワラビ・福島県
・石川町
・伝説によると弘法大師空海が当地を訪れると喉の渇きを覚えとある民家に一杯の水を求めました。中から家人である老婆が出てくると、水だけでなく温かい御飯と味噌汁を差し出し出来る限りの御持て成しを施しました。さらに、本当はこの地で採れる絶品の蕨があるのだけけれど灰汁抜きがすんでいないので差し上げられないと本当に残念がっていました。それを見た空海は山に向かって法術を施すと、来年からこの山で採れる蕨は灰汁抜きが必要ありませんよ、と告げ去っていったと伝えられています。
大清水・福島県
・柳津町
・伝説によると弘法大師空海を篤く持成してくれた村人達の御礼をする為、杖で岩を突くとそこから滾々と清水が湧き出たと伝えられています。
円蔵寺・福島県
・柳津町
・稲河領牛澤組の風俗帳によると大同2年(807)、弘法大師空海が下流で円蔵寺の本尊である柳津虚空蔵尊の一部を拾い上げ、持ち主を探すため川沿いを探すしながら歩いたものの結局見つからなかった事から「只見ただけ」から「只見川」と呼ばれるようになったと記されています。
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名 称
場 所
内   容
・塩井戸の跡・福島県
・只見町
・伝説によると弘法大師空海が当地に訪れた際、一軒の民家に宿を求めました。宿主である老婆は空海を篤く持成そうとしたものの、塩気の無い粟粥しか出す事しか出来ず困っている事を告げました。翌朝、空海は老婆の心遣いに感謝し、塩分の多い霊泉の場所と製塩方法を教えこの地を去ったと伝えられています。
成法寺・福島県
・只見町
・伝承によると弘法大師空海が成法寺背後の断崖絶壁にある岩窟に小堂を設けて虚空蔵菩薩を祀ったと伝えられています。空海は当地と円蔵寺(柳津虚空蔵尊)のある柳津とを八回往復した事が「八戻」の地名の由来になったとも云われています。
・弘法水・福島県
・いわき市
・赤井
・伝承によると弘法大師空海が独鈷を地面に突き刺したところ清水が滾々と湧き出たと伝えられ、現在でも旱魃や渇水期にも枯れる事が無く眼病に御利益があるとされます。
・冷泉寺・福島県
・いわき市
・伝承によると弘法大師空海が当地を訪れた際、海難事故が絶えず漁民達が大変難儀をしていてとろこを目の当たりにして自ら不動尊像(岩井戸不動尊)を彫刻し安置したのが始まりと伝えられています。
・弘法水・福島県
・桑折町
・伝説によると弘法大師空海が当地を訪れた際、屋敷の広い一軒の民家を訪ね一杯の水を所望しました。家人である老婆は見知らぬ格好の姿を見て不審者と思い、取り繕う為ここから少し坂を上った集落に美味しい水があるかも・・・と確認もせず適当な事を言いました。空海はそれを信じて坂を上ったものの中々その集落には着けずやっと見つけた古びれた民家から出てきた老婆からは、この集落には水場が無いからと、結局先程の広い屋敷のある集落まで水を汲みに行き空海に差し上げました。空海はこの老婆の親切心に感激し、杖を庭先に突き刺すと、その先端から滾々と清水が湧き出たと伝えられています。
山本不動尊・福島県
・棚倉町
・伝承によると大同2年(807)、弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際、鬼瓶山に巣くう悪鬼を鎮める為、護摩壇を築いたのが始まりとされます。
・会津山塩・福島県
・北塩原村
・新編会津風土記によると弘仁年間(810〜824年)、弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際、一軒の民家に一夜の宿を求めました。老婆は決して裕福ではなかったものの精一杯の御持て成しをし、この村では塩が無く難儀している話をしました。空海は老婆の心持に感謝し、翌朝から大岩の前で祈祷を行うと17日目に岩が裂けそこから塩泉が滾々と清水が湧き出たと記載されています。
虚空蔵菩薩・福島県
・北塩原村
・伝承によると弘仁3年(812)、弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際、開いたのが始まりと伝えられています。
北山薬師堂・福島県
・北塩原村
・伝承によると弘仁年間(810〜823年)、弘法大師空海が嵯峨天皇の勅命を受け会津地方を訪れた際、自ら5躯の薬師如来像を彫刻し安置した一宇と伝えられています(※跡を継いだ徳一上人が開山した説もあります)。
大正寺・福島県
・北塩原村
・伝承によると弘仁4年(813)に弘法大師空海が北山薬師堂の守り寺として創建したと伝えられています(※徳一大師説もあります)。
・水無川・福島県
・南相馬市
・伝説によると弘法大師空海が巡錫で当地を訪れ川を渡ろうとしていた際、鮭漁の真っ盛りあった為川を渡れませんでした。空海はどうしても川を渡らせて欲しいと懇願しましたが、漁民達はこちらは乳飲み子や老人を抱えている者が沢山いて生活がかかっているので止める訳にはいかなと丁寧に断りました。すると空海はそれでは通行出来るようにしましょうと法術を唱えると川から水が無くなり悠々と歩いて川を渡り姿を消しました。その後も川に水が戻る事が無かった為、生活に困窮した漁民達も村から姿を消したと伝えられています。
・岩沢麿崖仏・福島県
・楢葉町
・伝承によると平安時代初期に弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際、自ら彫刻したと伝えられています。※学術的には江戸時代中期作。
・片倉温泉・福島県
・石川町
・伝承によると平安時代初期に弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際、源泉を発見したと伝えられています。
・武田地蔵・福島県
・小野町
・伝承によると平安時代初期の大同2年(807)にに弘法大師空海が創建したと伝えられています。
・正覚院・福島県
・須賀川市
・伝承によると大同2年(807)、弘法大師空海が当地に逗留した際に開かれたのが正覚院の始まりと伝えられています。
長楽寺・福島県
・須賀川市
・伝承によると平安時代初期に弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際、開いたのが始まりと伝えられています。
桙衝神社・福島県
・須賀川市
・伝承によると弘仁12年(821)に弘法大師空海が長楽寺を開山した際、境内背後の裏山が夜な夜な神々しい光に満ち溢れた為、三日三晩祈祷を行うと神鉾が出現した事から神意と悟り桙衝神社を創建したと伝えられています。
烏峠稲荷神社・福島県
・泉崎村
・伝承によると承和元年(834)、弘法大師空海が巡錫で訪れた際、17日間修業したと伝えられています。
野寺薬師・福島県
・会津若松市
・伝承によると弘仁年間(810〜823年)、弘法大師空海が嵯峨天皇の勅命を受け会津地方を訪れた際、自ら5躯の薬師如来像を彫刻し安置した一宇と伝えられています(※跡を継いだ徳一上人が開山した説もあります)。
芦ノ牧温泉・福島県
・会津若松市
・伝承によると平安時代初期に弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際に源泉を発見したと伝えられています(諸説有)。
医王寺・福島県
・福島市
・伝承によると天長3年(826)、弘法大師空海が自ら本尊となる薬師如来像を彫刻し医王寺を開基したと伝えられています。
勝常寺・福島県
・湯川村
・伝承によると弘仁年間(810〜823年)、弘法大師空海が嵯峨天皇の勅命を受け会津地方を訪れた際、自ら5躯の薬師如来像を彫刻し安置した一宇と伝えられています(※跡を継いだ徳一上人が開山した説もあります)。
示現寺・福島県
・喜多方市
・伝承によると平安時代初期に弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際に示現寺を開いたと伝えられています。
左下観音堂・福島県
・会津美里町
・伝承によると天長年間(824〜834年)に弘法大師空海が巡錫で当地を訪れた際に開かれたのが始まりと伝えられています。
恵隆寺・福島県
・会津坂下町
・塔寺
・伝承によると大同3年(808)、弘法大師空海が霊夢に出現した観音様の化身の御告げに従い恵隆寺を再興、その際、一本の根付いたままの巨木から本尊となる立木観音像を彫刻したと伝えられています。
上宇内薬師・福島県
・会津坂下町
・伝承によると弘仁年間(810〜823年)、弘法大師空海が嵯峨天皇の勅命を受け会津地方を訪れた際、自ら5躯の薬師如来像を彫刻し安置した一宇と伝えられています(※跡を継いだ徳一上人が開山した説もあります)。
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※ 「全国の弘法大師空海:縁の社寺・温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。