会津坂下町: 上宇内薬師堂

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概要・歴史・観光・見所
上宇内薬師堂(会津坂下町)概要: 上宇内薬師堂の別当寺である調合寺は上宇内薬師堂(会津坂下町)福島県河沼郡会津坂下町大字大上に境内を構えている曹洞宗の寺院です。上宇内薬師堂は案内板によると「 古来、会津五薬師の一尊の西の薬師で、宇内薬師として信仰を集めた古仏である。伝承によると、往昔、高寺(石塔山恵隆寺)さかんなりし頃の36坊のひとつの調合坊の本尊であったといわれる。高寺荒廃後、現地に調合寺として移された。像高180.5センチの欅の1本彫造で、通肩の衲衣をまとった堂々たる像容である。量感に富む表現や、背刳りを施さない構造は古様であるが、全体に彫りが浅く、たとえばほぼ同様の形式の湯川村勝常寺薬師如来像にくらべて、衣文の彫法に流麗さと形式化の一面を示す点、和様化へのあゆみをはじめる10世紀ごろの造像と考えられる。 会津坂下町教育委員会 」とあります。木造薬師如来座像は大正9年(1920)に国指定重要文化財に指定されています。

調合寺は古代の大寺院である高寺の「高寺三十六坊」の一つ「調合坊」の後継寺院とも云われ、高寺が廃寺になると共に独立を果たしたものの江戸時代には既に荒廃し、寛文年間(1661〜1673年)に当地に至った相州小田原(現在の神奈川県小田原市)出身の僧侶道庵和尚によって元禄4年(1691)に再興されました。上宇内薬師堂は木造平屋建て、宝形造、銅板葺き、桁行5間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り板張り。仁王門は切妻、銅板葺き、三間一戸、八脚単層門、左右には阿像、吽像による2躯の仁王像が安置されています。又、境内裏には上宇内薬師堂を再興した「再開基心翁道安庵主」の墓があります。会津五薬師とは弘法大師が磐梯山に住む悪鬼を封じ込める為、自ら彫り込んだ5躯の薬師如来像を会津地方の要所に安置しようとしたもので、徳一大師が偉業を引き継ぎ勝常寺(中央薬師:湯川村)・慧日寺(東方薬師:磐梯町)・上宇内薬師堂(西方薬師:会津坂下町)・北山漆薬師(北方薬師:北塩原村)・野寺薬師(南方薬師:会津若松市)の寺院を建立したと伝えられています。会津五薬師(西方薬師如来)。会津十二薬師霊場第6番札所。宗派:曹洞宗。本尊:薬師如来。

上宇内薬師堂の文化財
・ 木造薬師如来坐像−10世紀後半、像高1.83m−国指定重要文化財
・ 日光菩薩像−室町時代、像高173.4p、ホウノキ、寄木造−福島県指定文化財
・ 月光菩薩像−室町時代、像高172p、ホウノキ、寄木造−福島県指定文化財
・ 虚空蔵菩薩像−室町時代、像高147p−福島県指定文化財
・ 聖観音菩薩像−平安時代、像高184p−福島県指定文化財
・ 絵馬(6面)−元禄年間〜宝永年間−福島県指定重要有形民俗文化財
・ 木造十二神将立像(5躯)-平安前期,ケヤキ材,一木造-会津坂下町指定文化財

上宇内薬師堂:写真

上宇内薬師堂
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