会津若松市: 日新館天文台跡

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概要・歴史・観光・見所
日新館天文台跡(会津若松市)概要: 日新館天文台跡は福島県会津若松市米代1丁目に位置しています。日新館は享和3年(1803)の会津藩5代藩主松平容頌の代、当時の家老職を担った田中玄宰が主体となり創設されました。元々は九州肥前国出身の学僧、岡田如黙が寛文4年(1664)に自宅の一部を開放し学問所を設けたのが始まりとされ、当時は「稽古堂」と呼ばれていました。「稽古堂」では身分や年齢を問わず学ぶ事が出来、著名な学者が講義した際には多くの人達が聴衆に訪れ活況を呈したようです。一方、岡田如黙は文化人でもあり左下り観音堂の麓に草庵を設けて風景、景観を楽しんだと伝えられています。

日新館は当時の藩校の中でも最高水準の学問が行われ、天文台が付属している校舎も珍しかったとされ、冬至の日に暦学家や天文師範、諏訪神社の神官などが集まって来年の天候を予測し藩に提出したとされます。天文台自体も会津藩の日新館の他、浅草天文台(幕府直営)、京都三条改暦所(幕府直営)、梅小路天文台(朝廷)、稽古館(弘前藩:藩校)、弘道館(水戸藩:藩校)、明時館(薩摩藩:天文学研究所)、阿波藩(?)など限られており、現存するのは日新館が唯一とされます。江戸時代末期には東北遊学の為、会津に訪れた吉田松陰が日新館の関係者と親睦が図られましたが、その後発生した戊辰戦争(会津戦争)の際は、会津藩自ら火を放った為、建物としての施設は焼失し、その後も市街化によって天文台の石垣以外は消失しています。日新館天文台跡(基底12間余、台上方5間半、高さ3間半)は貴重な事から昭和43年(1968)に会津若松市指定史跡に指定されています。

日新館天文台跡:写真

日新館天文台跡
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