小野町・歴史・観光

   福島県:歴史・観光・見所(ホーム)>小野町・観光
福島県の見所
 ・ 白水阿弥陀堂
 ・ さざえ堂
 ・ 八葉寺
 ・ 専称寺
 ・ 円蔵寺
 ・ 法用寺
 ・ 高蔵寺
 ・ 恵隆寺
 ・ 如法寺
 ・ 弘安寺
 ・ 勝常寺
 ・ 恵日寺
 ・ 飯野八幡宮
 ・ 隠津島神社
 ・ 土津神社
 ・ 伊佐須美神社
 ・ 大山祇神社
 ・ 天鏡閣
 ・ 塔のへつり
 ・ 会津若松城
 ・ 白河城
 ・ 二本松城
 ・ 滝沢本陣
 ・ 白河の関
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
小野町・歴史・観光
小野町概要: 小野町は小野小町の生誕の地と言われている町で平安時代初期、小町の父親とされる小野篁が朝廷から派遣されを築きました。篁は地元の娘である愛子との間に子供をもうけると比古姫と名付け、篁が京都にもどると比古姫も随行し後に小野小町と名乗るようになったそうです。小野町の名称も小野篁が善政を行った事を地元の人達が忘れない為つけたとも言われています。中世に入ると白川城を本拠とする白河岩城氏の勢力下に入りますが、時代が下がると三春城を本拠とする田村氏が台頭し、周囲一帯は田村氏の統治下となります。小野町では小野城を築き田村氏の一族が配される程重要視されますが戦国時代末期の天正17年には平岩城氏が侵攻してきて小野城は落城しています。田村氏は伊達氏に服従した為、小野城を巡る攻防は伊達氏と岩城氏の争いとなりますが後に和睦し小野町一帯は伊達領となります。奥州仕置きにより伊達氏がが本拠だった米沢城(山形県米沢市)から岩出山城(宮城県大崎市岩出山)に移されると蒲生氏、上杉氏など短期間に領主が代わり、正保2(1645)年に秋田俊季が5万5千石で三春藩主になると小野町も含まれようやく安定した領国経営がなされ明治維新を迎えます。小野町には磐城街道が通る交通の要所だった為、宿場町として発展し多くの物資が集められました。現在でも土蔵の町屋が点在し当時の名残が見受けられます。
  スポンサーリンク
 
小野町
町並み
[ 付近地図: 福島県小野町 ]・[ 関係リンク: 小野町 ]
小野篁館
小野篁館
小野篁館
珍敷御前神社
珍敷御前神社
珍敷御前神社
小町生誕地碑
小町生誕地碑
小町生誕地碑
鬼石
鬼石
鬼石
愛子墓碑
愛子墓碑
愛子墓碑
 
白
 
 
白
 
 
白
 
住宅設計案内

 福島県観光・旅行見所ナビ:
|福島市| いわき市| 須賀川市| 郡山市| 白河市| 相馬市| 南相馬市| 新地町| 棚倉町| 塙町| 古殿町| 田村市| 三春町| 小野町| 西郷村|
|二本松市| 本宮市| 猪苗代湖| 磐梯山| 喜多方市| 会津若松市| 大内宿| 南会津町| 伊達市| 桑折町| 会津坂下町| 飯坂温泉| 下郷町|
|只見町| 檜枝岐村| 飯盛山| 近代洋風建築(洋館)| 古民家住宅| 神社| 寺院| 城郭|
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「福島県の町並みと歴史建築」は「福島県の歴史」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−福島県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」、「歴史道路報告書」、を参考にさせていただいています。