三春町: 三春城(舞鶴城)

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三春城(舞鶴城)
三春城(舞鶴城)
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三春城(舞鶴城)概要: 案内板によると「永世元(1504)年田村義顕が築城したと伝えられ、以後田村氏、松下氏等の居城となる。正保2(1645)年、秋田俊季が5万5千石で入城し、明治維新を迎えた。近世の城は、本丸、二の丸、三の丸を中心に形成され本丸には表門、裏門、三階櫓などの建造物が置かれていた。藩主は現三春小学校の場所に屋敷を構え、そこで政治を行った。明治初年廃城となり、建造物、石垣のほとんどを失ったが遺構の保存状態は良く、また県内で中世から近世にかけて同じ場所に城が築かれた例も少ないため、貴重な史跡といえる。 三春町教育委員会」とあります。当時はかなり高い石垣などをもっていたようですが、現在はその一部しか見ることが出来ません。郭や登城の道などは比較的残り、土塁や空掘り、建物の礎石の一部も確認する事が出来ます。三春城本体としては山城の為、大手門から本丸まではかなりきつい坂を登る事になり、近世に入ると城下町に近い現三春小学校の場所で政務が行われていました。藩校の表門が現在でも残っており三春小学校の表門として移築保存され三春町指定有形文化財に指定されています。

田村氏概要:  田村氏は坂上田村麻呂の子孫とされ、三春城を居城として勢力を伸ばし戦国末期には田村郡中心に安積郡や岩瀬郡の一部も支配下に入れ、9万石を領していました。この頃、伊達家に対し半従属関係になっていた為、伊達家の命により豊臣秀吉の小田原の陣に参加しなかった事から奥州仕置きにより改易されます。伊達家自身は参陣した為、領土を安堵(米沢から岩出山へ移封)された為、田村家は伊達家に対して不信感が募り、当時の領主だった宗顕はじめ、多くの家臣が伊達家の誘いを断り、別家の仕官や帰農したといいます。その後宗顕は伊達家家臣の白石城主(宮城県白石市)だった片倉家の一族として迎え入れられた為田村家は一時断絶しましたが、伊達政宗の正室(愛姫)が田村家から出た事もあり愛姫の孫にあたる伊達宗良が田村の名を起こし岩沼藩(宮城県岩沼市)3万石として仙台藩より分地独立します。その後一関藩へ移り(岩手県一関市)の3万石の大名として明治維新を迎えています。

秋田氏概要: 秋田氏(安東氏)は古代の俘囚長であった安倍貞任を一族の祖とする特異な経緯をもち(安倍氏はさらに邪馬台国(?)の長であった長髄彦の兄である安日彦の子孫という伝承もある。その為、秋田氏の菩提の1つ高乾院の山号は安日山となっています。)青森県の津軽十三湊を本拠地とし日本海沿岸に強い影響力をもっていました。室町時代に入ると南部氏に追い出される形で北海道へ渡る一族と南進して秋田県へ入る一族の2家に分かれます。これが檜山城能代市檜山)を本拠とする檜山安東氏と湊城秋田市土崎)を本拠とする湊安東氏で戦国末期には両家の家督争いで起こった湊合戦で一族を統一し、表高5万2千石(他、太閤蔵入地2万石)の出羽国北部第一の近世大名として成長しました。関ヶ原の戦いにおいては表向きは東軍側として行動していましたが、最上氏の策略により宍戸5万石への減封となりました。表高的には大きな変化はありませんでしたが、肥沃的な秋田平野や能代平野、雄物川や米代川の舟運、日本海を使っての経済活動、豊富な鉱山資源など太閤蔵入地2万石以外にも表れない恩恵があった秋田氏にとっては半分以下の減封と感じていたかも知れません(逆に常陸54万石から秋田21万石に減封された佐竹氏は秋田領に入るとその肥沃的な土地を見て御機嫌になったという逸話が残っています。)その後、正保2(1645)年、秋田俊季が5万5千石で三春藩に入封し、明治維新まで続いています。



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