須賀川市: 須賀川城

  業務内容| 建築コンペ作品| 奥州街道ひとり旅| たった1人の秋田まちづくり委員会| みちのく福島県観光記| メール   
  福島県須賀川市>須賀川城
 

須賀川城
須賀川城
[ 付近地図: 福島県須賀川市 ]・[ 須賀川市フィールドワーク ]・[ 福島県:寺院 ]
須賀川城概要: 須賀川城須賀川城は、案内板によると「長松院境内西側の墓地との間に見られる盛り土と窪地は、須賀川城跡の現存する数少ない土塁と堀跡の一部となっています。須賀川城は、鎌倉時代に二階堂氏によって築かれた城で、現在の市街地のほぼ全域が城域となっていました。文政5年(1448)、二階堂為氏が初代城主となって整備され、その後、9代にわたって二階堂氏が城主となり存続しました。しかし、天正17年(1589)、伊達政宗の攻撃を受けて落城しました。 須賀川城須賀川市の奇祭松明あかしの由来となった城跡であり、現在はその面影を留めている所はほとんどありませんが、この土塁と堀跡はが数少ない貴重な遺構として残されているものです。このような土塁や堀跡は、この長松院の北側の神炊館神社と、本丸跡の二階堂神社にわずかに残されているのみです。・・・(後略)」とあります。二階堂氏は奥州の守護職を務める名門で戦国時代には岩瀬郡を中心に5万7千石を領するになりましたが、戦国末期に伊達家によって滅ぼされています。城下町全体が城郭に取り込まれている町割りで、城内外に出城や館をもち防衛ラインとしています。




住宅設計
 
 
 福島県町並み・歴史建築見所ナビ: 
|福島市| いわき市| 須賀川市| 郡山市| 白河市| 相馬市| 南相馬市| 新地町| 棚倉町| 塙町| 古殿町| 田村市| 三春町| 小野町| 西郷村|
|二本松市|本宮市|猪苗代湖|磐梯山|喜多方市|会津若松市|大内宿|南会津町|伊達市|桑折町|会津坂下町|飯坂温泉|下郷町|只見町|
|檜枝岐村|西会津町|飯盛山|会津美里町|柳津町|トップ|
 
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「福島県フィールドワーク」は「福島県の歴史」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−福島県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」、「歴史道路報告書」、「秋田の温泉」、「秋田県WEB観光案内所」、「有限会社建築相談センター」、「たった1人の秋田まちづくり委員会」、「秋田羽州街道ひとり旅」、「秋田県の建物と街並み」、「小野小町」、「秋田フィールドワーク」を参考にさせていただいています。