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亀ヶ城 |
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| [ 付近地図: 福島県猪苗代町 ]・[ 猪苗代湖:歴史・観光・見所 ] |
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| 亀ヶ城(猪苗代城)概要: 亀ヶ城(猪苗代城)は町中心部の小高い丘にある平山城で、本城である鶴ヶ城(会津若松城)と対をなす城として重要視されました。江戸時代に入り一国一城令が発せられた後も城として認められ石垣を配する本格的な近代的城郭として明治維新に至っています。戊辰戦争でも戦場となり戦略的にも重要な役割を果たし、時の城代が城を焼き払って若松へ撤退したことで亀ヶ城(猪苗代城)の歴史を閉じます。案内板によると「 三浦氏の一族である佐原義連は「奥州征伐」の軍功により、頼朝から会津四郡を与えられました。その子盛連には六男があり、長男である大炊介経連が猪苗代を領して猪苗代氏を称しました。経連は、磐梯山南麓の弦峯の地に建九二年(1191)亀ヶ城を築いたと伝えられています。 以後、十四代盛胤まで猪苗代氏代々の居城でしたが、天正十七年(1589)「摺上原の戦い」で芦名方が伊達勢に敗退したことにより、盛胤も湖南横沢に引退し、猪苗代城主はここに終わりを告げました。 しかし亀ヶ城は、江戸初期に出された一国一城令にも破却されず、近世を通じて城代が置かれ、幕末の戊辰戦争によって焼失するまで会津藩東の要として残された名城です。」とあります。現在でも石垣や郭、虎口の形状、土塁などの遺構がよく残っていて平成10年に猪苗代町指定史跡に指定されています。
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