猪苗代湖: 磐椅神社

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磐椅神社
磐椅神社
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磐椅神社 磐椅神社 磐椅神社 磐椅神社
概要・歴史・観光・見所
磐椅神社(猪苗代湖)概要: 磐椅神社の境内は磐梯山の山麓に位置し古来から信仰の対象になってきた由緒ある神社で周囲は鬱蒼とした巨木に囲まれ古社の雰囲気を持っています。案内板によると「 延喜式内社として格式の高い神社で、郡内一の大社であったといわれています。磐梯山の山岳信仰に由来し山上から遷座した大山祇神、埴山姫神を祭神として祀っていますが、この神々は民話に登場する足長、手長明神のことです。神社の名は、磐梯山の古名「磐椅山」(いわはしやま)に由来し、磐梯山信仰の長い歴史を今に伝えています。 猪苗代町 」とあります。磐椅神社の創建は神功皇后摂政50年(250年)に勅命により武内宿禰が大山祇神と埴山姫命の分霊を磐梯山の山頂に勧請したのが始まりと伝えられています。格式が高く文徳実録によると斉衝3年(856)に従四位下に列し、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載されました。歴代領主からも崇敬され元久2年(1202)には亀ヶ城(猪苗代城)の城主である三浦氏から社領を寄進、承元元年(1207)には社殿を現在地に遷座再建しています。中世に入ると磐梯山修験などと神仏習合し社運も隆盛、境内は数々の壮麗な社殿が軒を連ねていましたが天正17年(1589)、伊達政宗が会津に侵攻した摺上原の戦いの兵火により多くの社殿、社宝、記録などが焼失し一時衰退します。江戸時代に入ると歴代会津藩主から崇敬庇護され特に初代会津藩主保科正之は神道に通じていた事もあり「我死せば磐椅神社の末社となりて永く奉仕せん」と遺言を残し、隣接する土津神社には正之が祀られ、背後には墳墓があります。

磐椅神社の文化財
 ・ 磐椅神社彩色三十六歌仙(36枚)−江戸時代−猪苗代町指定重要文化財
 ・ 鳥居杉−推定樹齢800年、樹高36m、幹周6.7m−猪苗代町指定天然記念物
 ・ 大鹿桜−会津五桜、推定樹齢800年−猪苗代町指定天然記念物・福島県緑の文化財

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