大森城

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大森城
大森城概要: 大森城の築城年は不詳ですが承正3年(1506)に常光寺が大森城城下町に建立されたという資料から、それ以前にはすでに存在していたと考えられています。築城当時は佐藤十郎左衛門盛衡という国人領主がいた事から佐藤氏と関係が深かったと思われますが、戦国時代には伊達領に組み込まれ、伊達政宗の片腕であった伊達成実や片倉景綱などの重臣が城主を歴任し伊達氏の重要拠点の1つとされました。この地は後の奥州街道と会津若松城や米沢城山形県米沢市)の城下に続く交通の要所として重要視され、蒲生氏時代に一時廃城となりますが、上杉氏が領主になると再び重臣の栗田国時を城主にして城郭の再整備を行い信夫郡の中心地としました。寛文4年(1644)に上杉氏がお家騒動の為、30万石から15万石へ減封されると信夫郡は天領となり、大森城は廃城となっています。現在は城跡周辺が整備され公園となっていますが、郭の形状や土塁の一部空掘の跡などが遺構として残っています。
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