二本松城(霞ケ城)

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概要・歴史・観光・見所
二本松城(霞ケ城)概要: 二本松城は室町時代の嘉吉年間(1441〜1444年)二本松少年隊銅像に奥州探題となった畠山満泰がの築城しました。畠山氏は土着し二本松氏を名乗ると140年に渡って周辺を支配しますが、戦国時代に入ると伊達家との対立が顕著になり、天正14年(1586)に伊達政宗の猛攻により落城し二本松家は没落します。伊達家が支配した際、二本松城には重臣の片倉景綱や伊達成実などが入り重要視しますが豊臣秀吉による奥州仕置きにより天正19年(1591)に米沢城(山形県米沢市)から岩出山城(宮城県大崎市岩出山)へ居城を替えられた事でこの地を去ります。代わって鶴ヶ城(福島県会津若松市)には蒲生氏郷が入り、支城となった二本松城には家臣である蒲生郷成と町野重仍が配されますが、慶長3年(1598)跡を継いだ蒲生秀行は石高を大幅に減らし宇都宮城(栃木県宇都宮市)に移封となりました。新たな領主となった上杉景勝は二本松城に下条忠親を配したものの、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで、景勝は西軍に加担した事で降伏後に米沢藩(山形県米沢市)に減封となり、蒲生秀行が宇都宮城から復権、二本松城は梅原弥左衛門、門屋勘右衛門、本山豊前、本山河内、外池信濃守が城代を歴任しました。その後、寛永4年(1627)に蒲生忠知が移封となり、加藤嘉明が会津藩(鶴ヶ城)に入封すると、二本松城には与力大名である松下重綱が入り二本松藩(5万石)を立藩します。しかし、同年に重綱が病死し、跡を継いだ松下長綱が幼少だった事から寛永5年(1628)には3万石で三春藩(藩庁:三春城)に移封となっています。二本松領は再び会津藩加藤家の領内に組み込まれ、三春城から加藤明利が3万石で入ると二本松城の大改修が行われ、本丸、二ノ丸、三ノ丸の拡張整備、山の中腹を切り崩し重臣屋敷の縄張りが成されました。寛永20年(1643)、本藩である会津藩主加藤明成が改易になると、二本松加藤家も連座し改易、代わって丹羽光重が白河藩(藩庁:小峰城)から10万700石で入封します。

藩祖である丹羽長秀は織田信長の家臣として台頭し123万石の大大名になった名門でしたが、血筋や石高の高さから豊臣秀吉や徳川家康に疎まれ丹羽長重の時代には石高が大幅に減らされました。しかし、信長の主要家臣の中で大名として残った家は丹羽氏以外なくある種の処世術があったのかも知れません。丹羽光重が二本松城に入ると城郭の拡張をはじめ大隣寺二本松神社、奥州街道の整備など城下町の建設に尽力を尽くし明治維新を迎えます。戊辰戦争では白石城(宮城県白石市)で調印された奥羽越列藩同盟に参加した為、二本松城は東北における主戦場の1つなり周辺で激戦が繰り広げられ二本松少年隊など悲劇も生まれました。結局二本松城は落城、ほとんどの建物は焼失し新政府軍に降伏しています。

二本松城が廃城になった後は残った建物や石垣など破棄され一時荒廃しますが現在は城跡が「霞ケ城公園」として整備され、昭和57年(1982)に箕輪門が復元、平成5年(1993)からは本丸の石垣が復元されています。二本松城の城跡は大変貴重な事から平成19年(2007)に国指定史跡に指定されています。又、旧城内にある旧二本松藩戒石銘碑は昭和10年(1935)に国指定史跡、旧城内に移築された洗心亭(茶室)は平成16年(2004)に福島県指定重要文化財、霞ヶ城の傘マツ(別称:八千代の松、推定樹齢300年、樹高約4.5m、根元3.0m、幹周3.9m)と二本松城跡箕輪門のアカマツ(推定樹齢350年以上、樹高9〜12m、幹周2〜2.5m)、二本松城跡のイロハカエデ(推定樹齢350〜400年、樹高約12m、根元3.5m、枝張東西17m、南北15m)が二本松市指定天然記念物に指定されています。 さらに二本松城は平成2年(1990)に名称「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選、平成18年(2006)に日本100名城に選定されています。

二本松城(霞ケ城):写真

二重櫓
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二重櫓 箕輪門 塀重門跡 日影の井戸
二の丸大石垣 本丸石垣 天守台跡 本丸
全景 堀跡 石垣 笠松

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