| 桙衝神社概要: 桙衝神社は案内板によると「日本武尊が御東征の折、この神民山(亀居山)に柊の八尋の矛をつきたて、武甕槌神を祀ったにが神社草創の初めで約2000年前といわれている。この社は、延喜式内の古社で、岩瀬郡の総鎮守として代々領主の信仰あつく、神域45ヘクタール、一の鳥居随神門より中世建築の本殿を拝す。本殿より左の参道を登れば、祭祀遺跡の「磐座」が現存する。閏年の10月1日に行われる御輿渡御、太鼓獅子舞は、奈良時代から続いたと伝承される。稚児ばやしと踊りに和して、賑やかに百足獅子が歩む姿は、優雅華麗にして古風ゆかしいおもかげを今に伝えている。また、本殿は県指定の重要文化財である。 長沼町教育委員会」とあります。境内のその他の建物も拝殿(享和元年:1801)、神楽殿(享和元年:1801)・神社山門(随神門−享和元年:1801)が須賀川市指定文化財に指定されています。
桙衝神社本殿概要: 本殿と附棟札は昭和51年に福島県指定重要文化財に指定されていて、案内板によると「・・・(前略)現在の本殿は、慶安元年(1648)白川藩主榊原忠次の命によって建立されたもので、桁行3間、梁間3間、切妻の流造木羽葺の三間社で、三方に縁を付している。この建物は、妻飾・大瓶束の結綿部分・虹梁の上下面・懸魚の形などに特に時代と地方の特色を示していて、貴重である。本殿の建立、修復の記録として慶安元年から明治年間までの12枚の棟札が保存されており、本田の修理・屋根ふき替えなどの経過とともに奉行・大工・名主などの氏名が記されており、当時の営繕組織をよく知ることができ、これも貴重な資料である。 福島県教育委員会 」とあります。
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