会津坂下町: 恵隆寺(立木観音)

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恵隆寺(立木観音)・歴史・観光
恵隆寺(立木観音)概要: 恵隆寺立木観音)の創建は欽明天皇元年(540)に中国の高僧青岩が高寺山を訪れ開山したのが始まりとされます。その後、大同3年(808)に霊夢によってこ恵隆寺を訪れた弘法大師(徳一)が巨大な大木を立ち木(木が根付いたまま)に枝葉を払い落とし一本彫りで「十一面千手観音菩薩像(総高さ8.5mと日本最大級で足元には現在でも根株を見ることが出来る。)」を彫り込んだとされ、、経緯から「立木観音」と呼ばれています。又、堂内には「だきつきの柱」があり柱に抱き着き願い事をすると成就することから「だきつき観音」や「ころり観音」などと呼ばれています。当初は高寺山山頂中心に七堂伽藍が建ち、周囲には36坊の支院が囲み数千人の僧侶がいたとされます。周囲に巨大な支配力を持った為、同じく大きな勢力を持った慧日寺と対立し、その抗争から多くの堂宇が消失し、建久元年(1190)には山頂から現在地に伽藍を移しています。その時建てられたのが現在の観音堂(寄棟茅葺、桁行5間、梁間4間)の原形とされ慶長16年(1611)の会津地震での大打撃や江戸時代中期、大正5年の修復を経て現在に至っています。恵隆寺の十一面千手観音菩薩像、観音堂は共に国指定重要文化財に指定されています。
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恵隆寺(立木観音)の文化財
 ・ 観音堂−建久年間、寄棟、茅葺−国指定重要文化財
 ・ 木造千手観音立像−鎌倉時代初期、一木造、像高7.42m−国指定重要文化財
 ・ 木造二十八部衆立像(附:風神・雷神)−室町時代、30躯−福島県指定文化財
 ・ 木造薬師如来坐像−室町時代、像高96cm、寄木造−会津坂下町指定文化財
 ・ 木造阿弥陀如来坐像(伝紅玻瑠阿弥陀)−鎌倉時代−会津坂下町指定文化財
 ・ 木造金剛力士立像(2躯)−鎌倉時代末〜南北朝時代−会津坂下町指定文化財

恵隆寺(立木観音)
恵隆寺(立木観音)
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