| 涼ヶ岡八幡神社概要: 案内板によると「吉野朝の御代(1330年代)北畠顕家の武将岩城宗広(白河城主)が熊野堂城に據った時、武運長久を祈り、この神社を建立した。今の社殿は元禄8年相馬昌胤が、造営し、一段と荘厳さを加えた。祭神は慶神天皇外二柱である。 社務所」とあります。
涼ヶ岡八幡神社本殿・拝殿・幣殿概要: 案内板によると「涼ヶ岡八幡神社は、正面三間三戸で、その全面に向拝屋根をおろした流造風の本殿と、入母屋造で正面に千鳥破風を飾った拝殿とを幣殿でつなぐいわゆる権現造の形態をもつ社殿です。本殿は、内外とも和様を基調としており、向拝には透かし彫りを施した蟇股を付けるなど、全般に入念な手法によっています。板壁外面や脇障子などの文様彫刻や、内・外陣の板壁内側や天井の鮮やかな絵画は少し後の時代と思われます。「奥相志」には、元禄8年(1695)相馬昌胤によって勧請されたという記述が見られますが、現在の建物の部材に刻まれた絵模様の手法などから見て、元禄8年といわれる建立年代に誤りないものと考えられます。なお、屋根は 葺きから茅葺を経て、昭和初年頃からは銅板葺きに変更されています。 福島県教育委員会」とあります。本殿・拝殿・幣殿ともに昭和59年に福島県指定重要文化財に指定されています。
涼ヶ岡八幡神社随神門概要: 案内板によると「この門は元禄8年(1695)藩主相馬昌胤公御取立にかかり、左右に随神を祀った。随神とは左大臣、右大臣または矢大臣をいい門守の神である。御神像は冠を載き袍き着し、刀を帯び、権柄と弓矢を持つ、古い時代の左大臣と右大臣の御姿を現している。この随神門は相馬地方希に見る神門であり、この御神像は極めてすぐれた彫刻で貴重な文化財である。 相馬市文化財保存会」とあります。山門は8脚、三間一戸、入母屋、瓦葺きの神社山門で相馬市指定有形文化財に指定されています。
|