いわき市: 勿来関

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概要・歴史・観光・見所
勿来関(いわき市)概要: 勿来関は福島県いわき市勿来町関田に位置する古代の関所で、白河の関(福島県白河市)、鼠ヶ関(山形県鶴岡市)と共に「奥州三古関」の1つとされます。当地は常陸国(現在の茨城県)と陸奥国(現在の東北地方太平洋側)の国堺に近く、古代はここが国境だった可能性があり、古代の東海道は中央と陸奥国府である多賀城(宮城県多賀城市)を結んだ為、もし勿来関が当地にあったとしたら重きを成していたと思われます。しかし、正式な発掘調査をしていない為、当地が古来からの勿来関跡とは断定していないようです。ただし、勿来関を歌枕とした歌や文学作品から、古くから当地の説が根強く、江戸時代の西山宗因(江戸時代前期の俳人・連歌師)や吉田松陰(長州藩士、思想家、教育者、山鹿流兵学師範)もそのように認識していました。周囲には関東の宮と奥州の宮の2つの石祠があり藩境だった様子が窺えます。観光化の為、関所を思わせる門や源義家の銅像、詩歌の古道、文学歴史館などが整備されています。駐車場脇には「弓掛の松」と呼ばれる松の巨木の切り株があり、案内板によると「源義家公がこの地で休息をとった時に1本の松に弓を掛け、隣の松に鞍を掛けたと言い伝えられ、弓掛の松、鞍掛の松と一対をなし、長い年月その威容を誇っていたが遂に枯死し、平成9年(1997)12月4日下部を残し切断する。・・・(後略)」とあります。明治時代この地を訪れた徳富氏はこの松を見て"大木なれど5・6百年のものでは無い"といったそうです。

勿来関の歌枕(なこそ)の句
・ 見るめかる あまのゆききの 湊ぢに なこその関も わがすへなくに-小野小町
・ あずま路や しのぶのさとに やすらいて なこその関を こえぞわずらう-西行
・ 吹く風を なこその関と思へども 道もせに散る 山桜かな-源義家
・ なこそとは たれかはいいし いわねども こころにそうる 関とこそみれ-和泉
・ をしめども とまりあへず ゆく春を なこその山の 関もとめなん-紀貫之
・ 聞くたびに なこその関の 名もつらし 生きては帰へる 身に知られける-後嵯峨

勿来関:写真

勿来関
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