喜多方市: 慶徳稲荷神社

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概要・歴史・観光・見所
慶徳稲荷神社(喜多方市)概要: 慶徳稲荷神社は福島県喜多方市慶徳町豊岡字香隈山に鎮座している神社で、創建は平安時代後期の応徳2年(1085)に主に出羽国(現在の東北地方の日本海側)で発生した後三年合戦を平定する為に当地まで進軍した源義家が伏見稲荷大社(京都府京都市伏見区深草藪之内町)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。その後衰微しましたが、室町時代初期の応永3年(1396)、隣接する慶徳寺を開山した源翁禅師が再興し、源翁禅師を篤く帰依し当地の領主である芦名氏8代目当主芦名詮盛が社殿を修築しました。慶徳寺に伝わる伝承によると源翁禅師が鎮めたはずの九尾の妖狐が変化した殺生石(栃木県那須町:那須湯本温泉)の欠片が再び白狐に変化し出現した為、説教したところ、今度は十一面観音に姿を変えた事から、稲荷神(本地仏:十一面観音)として祭ったと伝えられています。寛永20年(1643)に保科正之が会津藩(藩庁:鶴ヶ城)に入封すると、保科家(後裔は松平家)の祈願所として篤く庇護し、禁制の発布や例大祭には藩主の代参が派遣されました。格式も高く江戸時代後期の寛政12年(1800)には正一位に列しています。

慶徳稲荷神社の田植神事(毎年7月の半夏生)は明応年間(1492〜1501年)に当時の地頭である平田石見守が社領を寄進した際に行われた神事で、江戸時代初期の明暦3年(1657)に一時廃れましたが江戸時代後期の天保5年(1834)に再興され、その際、御田植歌を会津藩の沢田名重が補作し、浦上秋琴が作曲しています。慶徳稲荷神社の田植神事は伊佐須美神社(福島県大沼郡会津美里町宮林)と共に田植え神事の北限で貴重な風俗習慣である事から昭和57年(1982)に喜多方市指定無形民俗文化財、昭和63年(1988)に福島県指定無形民俗文化財に指定され、平成27年(2015)には名称「会津の御田植祭」として国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に指定されています。慶徳稲荷神社の境内は神域の為、古木大木が多く、中でも御神木の杉(幹周4.4m)と八幡太郎御手植の杉(推定樹齢900年、樹高36m、幹周5.9m)の2本が昭和56年(1981)に名称「稲荷神社のスギ」として福島県緑の文化財に登録されています。 祭神:宇迦之御魂神、須佐之男命、大名牟遅神、少名毘古那神。

慶徳稲荷神社:写真

慶徳稲荷神社
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