喜多方市: 北宮諏方神社

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概要・歴史・観光・見所
北宮諏方神社(喜多方市)概要: 北宮諏方神社は福島県喜多方市字諏訪に鎮座してる神社で、創建は室町時代の永和元年(1375)に会津地方を中心に勢力を広げた芦名氏の7代目当主芦名直盛が信濃国諏訪郡の諏訪大社(信濃国一之宮、諏訪信仰の本社)の分霊を勧請し社殿を建立したのが始まりとされます。芦名氏は鎌倉時代初期に会津4郡を与えられた佐原義連の後裔とされますが、実際に会津地方に土着したのは芦名直盛とされ、その直盛が領内を整備する際に本城となる黒川城(当時は東黒川館、後の鶴ヶ城)の北方に諏訪神社を創建した事は興味深いところです。その後は芦名氏の庇護となり、室町時代後期の天文7年(1538)には16代目当主芦名盛氏により再興され、社領千苅が寄進されますが、天正18年(1589)、摺上原の戦いで伊達政宗に敗れた芦名義広は常陸国(現在の茨城県)に逃れ、諏訪神社もその兵火により社殿、社宝、記録などが焼失し衰微しました。その後再興され、慶長3年(1598)に会津鶴ヶ城120万石で入封した上杉景勝からは諸役免除の證文が発布されています。寛永18年(1641)に現在地に遷座、寛永20年(1643)に保科正之が会津藩に入封すると、保科家、その後裔の松平家の祈祷所となり篤く庇護されます。

北宮諏方神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行6間、張間2間半、正面3間向拝付き。本殿は一間社流造、銅板葺き。会津若松の諏訪神社を南宮と呼ぶのに対し喜多方は北方にあることから北宮と呼ばれ、北会津の総鎮守としても周辺地域から広く信仰され例際では多くの人々が参拝に訪れます。祭神は建御名方神、八坂刀売命。例祭は毎年8月2日から3日にかけて行なわれ神輿渡御や山車、稚児行列が町内を練り歩き笛や太鼓が鳴り響きます。

北宮諏方神社:写真

諏訪神社
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