福島市: 黒沼神社

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概要・歴史・観光・見所
黒沼神社(福島市)概要: 黒沼神社は福島県福島市御山堂殿に鎮座している神社で、創建の詳細は不詳ですが伝承によると、欽明天皇の代に王位継承の内乱が起こり后である石姫命が皇子 渟中太命を伴いこの地に逃れ、2人共この地で亡くなった事から石姫命を黒沼大神、渟中太命を羽黒神(信夫三山の1つ羽黒山の山頂に鎮座している羽黒神社の祭神)として後世まで祀ったと伝えられています。ただし、現在の祭神は黒沼大神、配神は石比売皇后とあることから黒沼大神=石比売皇后では無いようです。当地は元々広大な沼地だったという伝説が残され、社号の「黒沼」はその地形に由来するとも云われ、黒沼大神は久良御津波神で、水を司る神(水神)として特に農業関係者から信仰されたようです。黒沼神社は古くから格式が高く崇峻3年(589)に官社、寛平2年(890)に正六位上に列し延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載されています。慶長5年(1600)に発生した関ヶ原の戦いでは西軍に与した上杉景勝の家臣である本庄繁長が守る福島城に東軍方の伊達政宗が急襲した所謂「松川の戦い」の兵火により多くの社殿、社宝、記録などが焼失し一時衰退しましたがその後再興されています。古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て明治4年(1871)に県社に列しています。

歴代領主だけでなく広く近隣住民からも信仰され、平安時代後期に発生した前九年合戦の際には源義家が鳥海三郎の祖父母の木像を奉納し、南北朝時代には陸奥守として陸奥国に下向した北畠顕家が篤く崇敬、江戸時代には福島藩(藩庁:福島城)の藩主だった板倉氏や豪商などが絵馬を奉納しています(板倉氏が奉納した絵馬は福島市指定文化財)。拝殿は木造平屋建て、入母屋、鉄板葺、平入、桁行5間、梁間2間。本殿は神明造、鉄板葺き。祭神:黒沼大神、石姫皇后。

黒沼神社:写真

黒沼神社
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