会津美里町: 関山観音(日輪寺)

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概要・歴史・観光・見所
関山観音(日輪寺)概要: 日当山日輪寺は福島県大沼郡会津美里町氷玉字前山丁に境内を構えている真言宗の寺院です。日輪寺が何時頃開かれたのかは判りませんが、本尊は平安時代初期に会津地方に仏教を広めた徳一上人作とも云われています。元々はここから少し離れた上小松村で篤く護られてきましたが、江戸時代初期の寛永18年(1641)に関山村に合併する事になり本尊も一緒に遷されたようで、境内に建立されている廿三夜供養塔にも関山・上小松講中との銘がある事からも引き続き信仰の対象になったと思われます。寛永20年(1643)に保科正之が会津藩(藩庁:鶴ヶ城)に入封すると、領内整備の一環として会津三十三観音霊場が整備され関山観音もその一つに選定されました。正之は領内の街道整備にも尽力し、当地には会津藩主が参勤交代で利用する会津西街道下野街道)を通し、関山村はその宿場町となりました。会津西街道の宿場町は正保4年(1647)に町割りが完成している事から関山宿もこの頃に町割りが行われ、本尊を安置する観音堂も造営されたと思われます。江戸時代後期の寛政2年(1790)に宿場の端の高台にあたる現在地に関山観音堂が建てられました。江戸時代末期に発生した戊辰戦争(会津戦争)では会津西街道を新政府軍が北上し鶴ヶ城を目指した為、隣の栃沢村や関山宿でも会津軍、旧幕府軍との激しい攻防戦が繰り広げられ多数の犠牲者と共に50余りの家屋が焼失しています。ただし、関山観音堂は戦災を免れ、江戸時代後期の姿を留めています。本尊は秘仏の為、例祭が行われる毎年8月9日の一日だけの御開帳となり、「一生に一度だけの願いは叶える」との信仰から広く参拝者を集めています。会津三十三観音霊場第24番札所(札所本尊:十一面観音像・御詠歌:散る花を 止むる氷玉の関の山 雲降り登る 道は一筋)。

関山観音(日輪寺):写真

関山観音(日輪寺)
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