妙徳寺(白河市)概要: 法永山妙徳寺は福島県白河市金屋町に境内を構えている真宗大谷派の寺院で、創建は慶長年間(1596〜1615年)に蒲生氏郷(鶴ヶ城の城主)の家臣で当時の小峰城の城代だった町野長門守吉高が常陸(現在の茨城県)から前身寺院を招いたのが始まりとされます。何度か移転を繰り返し、現在地には江戸時代中頃になってからで、関川寺など共に寺町を形成し城下町の南方の防衛ラインを担っています。境内には枝垂桜の大木があり白河市を代表とする桜の名所となり、よく整備された八幡小路沿いには戊辰戦争の戦死者の供養塔があります。案内板によると「この地は、慶応4戌辰年5月1日の戦いでは、最大の激戦となり東軍の戦死者は682名を数えた。この供養塔は、この日の戦いで敗走する途中、この地で戦死した東軍兵士を祀った。市内に数多く点在する供養塔は北裏(南湖)の戦死霊魂供養とともにもっとも小さな塔である。 白河観光協会 」とあります。妙徳寺本堂は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行6間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。山号:法永山。宗派:真宗大谷派。本尊:阿弥陀如来。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-白河観光協会
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