南相馬市: 相馬太田神社

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概要・歴史・観光・見所
相馬太田神社(南相馬市)概要: 相馬太田神社は福島県南相馬市原町区中太田舘腰に鎮座している神社です。相馬太田神社は案内板によると「当社は今を去る680余念前元亨3年4月22日茨城県守谷城より相馬孫五郎重胤公が御国換えの際、氏神として持ち来たり祀られたもので相馬の発祥地なり、霊験あらたかにして生とし生ける物は其の御分霊受けて居り神人、万物の生死栄枯はことごとく、其の司宰にももるる事なく福祉を万民にたれ拾い信仰なければ富貴延命を保ち長く子孫繁栄し牛馬家畜の守護神でもある。」とあります。

相馬太田神社の創建は平安時代の承平年間(931〜937年)、平将門によって勧請されたのが始まりとされます。当初は将門の王城とされる守屋城(茨城県守谷市)の城内に鎮座し妙見社と称していましたが、文治5年(1189)に発生した奥州合戦に従軍した将門の後裔を自称する相馬師常が大功を挙げ当地(陸奥国行方郡:現在の福島県南相馬市)を与えられ、鎌倉時代末期の元享3年(1323)に相馬重胤が本城を守屋城から別所館に遷した際、分霊が勧請されました。相馬氏はその後、小高城中村城と本城を移しますが当社の崇敬は変わらず篤く庇護されました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され明治5年(1872)に太田神社に社号を改め、昭和28年(1953)に相馬太田神社に改称しています。

相馬家は妙見信仰の信望者で、領内にはここ太田神社の他に中村神社小高神社と併せて相馬三妙見社と呼ばれています。参道は両脇に巨木が建ち並び古社の雰囲気が感じられる空間で、鳥居を潜り石段を登ると拝殿が見えてきます。

相馬太田神社拝殿は明治20年(1887)に造営されたもので木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、桁行3間、張間2間、外壁は真壁造り板張りの建物で正面には唐破風付きの向拝が設えられ、木鼻や欄間には龍などの神獣が、外壁面の蟇股には馬の彫刻が施されています。本殿は一間社流造、銅板葺き、外壁は真壁造板張り。又、境内には相馬地方に多い絵馬堂(殿)と呼ばれる建物があり、多くの絵馬が奉納され、この地方が馬と関わりあいが強い事を示しています。毎年7月に行われる相馬三妙見社合同で相馬野馬追いが行われます。社宝の陣太鼓、平福穂庵筆の神馬図絵馬、鳥毛槍が南相馬市指定文化財となっています。社格:県社。祭神:天之御中主神。

相馬太田神社の文化財
・ 相馬野馬追−国指定重要無形民俗文化財
・ 陣太鼓-相馬誠胤奉納、径39p、筒長46p-南相馬市指定有形民俗文化財
・ 神馬図絵馬-平福穂庵筆,縦62.5p,横85.7p-南相馬市指定文化財
・ 鳥毛槍-相馬誠胤奉納,大鳥毛240p・小鳥毛210p-南相馬市有形民俗文化財
・ 板石塔婆−鎌倉時代末期〜室町時代初期−南相馬市指定文化財

相馬太田神社:写真

相馬太田神社
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