七仏薬師(西郷村)概要: 案内板によると「寛喜2年(1230年)結城朝広白河城鎮護のため、三城目村より七佛薬師を向寺甘露寺かたわらの高岡山上に勧請す。(仰えて祀る)丹羽長重、居城小峰城池増構に際し、これを山麓に移して鬼門鎮護となす。白河七薬師の1つで、薬師堂三間四方、厨子入本尊薬師如来七躯、共に高さ1尺仏師定朝の作という。その後故あって金勝寺の脇堂となったが、明治の初期、長坂村これをゆずりうけ、この地に移す。お堂の揚額金文字「鬼門鎮護七仏薬師」は松平楽翁自ら揮毫したもの。表の白文字額は了山和尚の筆になるという。格天井の絵は金勝寺の檀家だった白河の人達の寄進が多い。 西郷村教育委員会」とあります。
薬師堂の建物は明治14年(1881)に建てられた入母屋、桁行3間、梁間3間、金属板葺き、平入、正面向拝付、当時の御堂建築の遺構として貴重なことから平成7年(1995)に西郷村指定有形文化財に指定されています。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-西郷村教育委員会
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