野寺薬師(慈光寺)概要: 廣澤山慈光寺は福島県会津若松市門田町堤沢に境内を構えている曹洞宗の寺院です。境内に建立されている野寺薬師堂は平安時代初期の大同2年(807)、徳一大師によって開かれたと伝えられています。
伝承によると大同元年(806)に磐梯山が大噴火となり、それが原因で会津地方では農作物に大きな被害があり、疫病も蔓延した為、徳一大師は安寧を願い5躯の薬師如来像を彫刻すると中央薬師(勝常寺:福島県河沼郡湯川村)・東方薬師(慧日寺:福島県耶麻郡磐梯町)・西方薬師(上宇内薬師堂:福島県河沼郡会津坂下町)・北方薬師(北山漆薬師:福島県耶麻郡北塩原村)・南方薬師(野寺薬師:福島県会津若松市)としてそれぞれ祭ったと伝えられています(弘法大師空海が創建した説もあります)。
当初は慈光寺境内背後の屯台平山の山頂に境内を構えていましたが、現在地に移ったようです。
野寺薬師堂は木造平屋建て、入母屋、鉄板葺き、平入、桁行3間、張間3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り板張り、正面には御詠歌の扁額、内部には徳一大師が彫刻したと伝わる一尺四寸(46cm)の薬師如来像が安置されています。現在、慈光寺は無住になっているようで管理は滝沢寺(福島県会津若松市門田町黒岩南青木)が行っています。
又、境内には戊辰戦争(会津戦争)で戦死した会津藩士林忠吾の墓碑が建立されています。会津五薬師(南方薬師如来)。会津十二薬師霊場第11番札所(札所本尊:野寺薬師)。山号:廣澤山。宗派:曹洞宗。
野寺薬師:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-会津若松市門田町堤沢区
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