田村市: 大鏑矢神社

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概要・歴史・観光・見所
大鏑矢神社(田村市)概要: 大鏑矢神社は福島県田村市船引町東部台6丁目に鎮座している神社です。大鏑矢神社の創建は不詳ですが、伝承によると平安時代初期の延暦20年(801)に大多鬼丸を討つ為この地に訪れた坂上田村麻呂(征夷大将軍、鎮守府将軍)が鏑矢を奉納し戦勝祈願し、見事勝利すると神意に感謝し社殿を造営したと伝えられています。又、田村麻呂は、鞍掛山に登り鏑矢を放ち、落ちた所を本陣として戦を挑んだ所見事大多鬼丸を討つ事が出来た故事から大鏑矢神社の名称の由来となり、後に田村麻呂の神霊も勧請、合祀されます。以来、歴代領主から崇敬され、北畠顕家(権大納言兼鎮守府大将軍・延元2年:1337年、兵火で焼失後に社殿を再建)や結城満朝(白川城の城主・永享12年:1440年に祈願)、田村清顕(三春城の城主・天正4年:1576年に鏑矢を奉納)などが社領の寄進や社殿の造営をしています。江戸時代に入ると三春城の城主となった秋田氏の崇敬社となり特に3代藩主秋田輝季は天和3年(1683)に安瀬六兵衛、斎藤太良衛などの本願を受け社殿を造営しています。寛政6年(1794)に京都の吉田家から「大鏑矢大神宮」の称号を賜り、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され明治6年(1873)に郷社に列しています。

大鏑矢神社拝殿は明治24年(1891)に建替えられたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行6間、正面1間向拝付、外壁は真壁造り板張り、木部朱塗り。本殿は天和3年(1683)当時の古建築物で、一間社流造(覆い屋内部の為詳細は不詳)。神門(神社山門)は切妻、銅板葺き、一間一戸、薬医門。社宝の御鉄鉢と鏑矢は共に国重要美術品に指定されています。祭神は高皇産霊神、大鏑矢神、坂之上田村麿命。

大鏑矢神社の文化財
・ 夫婦獅子舞祭−伝:大同2年から行われている−田村市指定無形民俗文化財
・ 御鉄鉢−文明19年(1487)、船引城主船引朝国奉納−国重要美術品
・ 鏑矢−天正4年(1576)、三春城主田村清顕奉納−国重要美術品

大鏑矢神社:写真

大鏑矢神社
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