白河市: 関川寺

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関川寺
関川寺
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関川寺 関川寺 関川寺 関川寺
関川寺概要: 関川寺は古くは天台宗だったとされますが、中世、白川城主で一帯を支配した結城宗廣が中興開山しました。天正9年(1581)に現在地に移ってきて、近世は妙徳寺などと共に寺町を形成し小峰城の南方の防衛ラインを呈していました。境内には赤穂四十七士の1人中村勘助の妻の墓があります。勘助の父は白河藩士だった事もあり、家族を討ち入り前に白河にいた親戚に預けたました。息子である忠三郎は連座して流罪となりましたが、後年赦免され白河で僧になったと言われています。寺宝である銅鐘は案内板によると「宝暦11年(1761)に鋳造されたもので、材質は青銅、法量は総高148センチ、口径84.5センチ、乳の間は5段5列が4面で100個、縦帯にも乳が2個づつで8個、合計108個が陽鋳されている。この鐘は、小峰城内の太鼓に対して町民に、時報を知らせた鐘としても知られている。・・・(後略) 白河市教育委員会 」とあります。
 
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