左下観音堂(会津美里町)概要: 左下観音堂は会津美里町大石字東左下りに境内を構えている御堂(寺院)です。左下観音堂の創建は平安時代初期の天長年間(824〜834年)に弘法大師空海が開山したと伝えられています(徳一大師が創建したという説あり)。
現在の左下観音堂は南北朝時代の延文3年(1358)に葦名家の家臣富田将監裕義が改修したものとされ、宝形造、銅板葺、桁行き5間、梁間5間の三層懸造り、高さ約14.5mです。最上段のみ外壁があり観音堂(本堂)として機能し(岩屋に本尊である秘仏である無頸観音が安置されています)、入口上部中央には「普門殿」の扁額が掲げられています。
3方に縁側が廻り高欄が設けられ、途中で設けられた板敷の2階、1階部は吹き放しで物見台のような構成で会津地方では珍しい工法を採用している事からも周囲からも目立った存在で異彩を放っています。
左下観音堂の内部柱の中から一番短い柱を見つけると幸福がもたらされるという言い伝えから信仰の広がりもあり会津三十三観音霊場の二十一番札所にもなっています。本尊は無実の罪で追われた越後の人が左下観音堂へ逃れ、この場で捕まり斬首されたところ観音様の首だったことから無頸観音と呼ばれ信仰の対象となっています。
又、3層目からの眺望が優れていることから風光明媚としても知られ明暦3年(1657)には九州肥前国出身で会津藩の教育に大きな影響を与えた岡田如黙(学僧、自宅を開放した学問所は稽古堂と呼ばれ、後に藩校となる日新館の前身とされます)は左下観音堂の麓に草庵を設け風景を楽しんだと伝えられています。
左下観音堂は室町時代に造営された懸造御堂建築の遺構としても貴重なことから平成2年(1990)に会津美里町指定文化財に指定されています(※平成26年:2014年に福島県指定重要文化財に指定されています)。会津三十三観音霊場第21番番札所(札所本尊:聖観音・御詠歌:左下りは 岩に聳えて懸造り いつも絶えせぬ 峯の松風)。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:聖観音。
左下観音堂:上空画像
懸造を簡単に説明した動画
【 参考:文献等 】
・ ふるさとの文化遺産-郷土資料辞典7[福島県]-株式会社人文社
・ 現地案内板-会津美里町教育委員会
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