郡山市: 田村神社

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田村神社
田村神社
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田村神社:鳥居 田村神社:参道 田村神社:神門 田村神社:神門
田村神社:本殿 田村神社:本殿 田村神社:熊野社 田村神社:八幡社
田村神社概要: 田村神社の創建は大同年間に坂上田村麻呂が建立したと伝えられています。広く信仰があったようで元禄2年4月29日には松尾芭蕉が奥の細道行脚の際当社を訪れ様々な社宝を見学しています。元々神仏混合していて大元師明王と称していましたが明治初頭に発令された神仏分離令により田村神社と改称しています。その為、本殿内部には内陣、外陣を備える仏閣建築を継承し、境内には寺院では仁王門にあたる神社山門を備えています。神社山門は仁王門の要素の門と、神楽殿として利用している長床の2門あり大変珍しい平面配置となっています。その他境内には脇殿である春日造り、一間社の熊野社が寛文元年(1661)に、流造り、一間社の八幡社が寛文2年(1662)が建立されてそれぞれ郡山市指定重要文化財に指定されています。田村神社は古来から人々の信仰の対象となり様々な物が寄進され、多くの社宝があります。その中でも「鎮西八郎為朝図」、「算額」、「佃島南望之図」、「三国志三傑図」、「大江山図」、「神馬図額」、「繋馬図」が福島県や郡山市の文化財指定を受けています。

田村神社厨子概要: 案内板によると「・・・(前略)厨子はこの堂の内陣正面の来迎柱を背にした須弥壇上に安置され、大元師明王を祀っている。方一間単層入母屋造、平入りの禅宗仏殿形式で比較的大きく、丸柱の上下に粽をつけているのをはじめ、工事は入念である。禅宗様の踏襲状況や扉のまわりの文様重視の絵様などからみて、桃山時代を下らない遺構と見られる。 福島県教育委員会 」とあります。田村神社厨子は昭和56年に福島県指定重要文化財に指定されています。

田村神社本殿概要: 案内板によると「 本殿は三間×三間の大きさで、まわりには高欄(手すり)の付いた縁がめぐっています。周囲の壁は盲格子と呼ばれる格子の付いた板壁と連子窓(断面が正方形または菱形の棒を縦または横に平行に和多く並べた窓)で構成され、屋根は入母屋づくりです。神聖な場所である内陣は一間×二間の広さがあり、天井は板を並べて張った水平な鏡天井で、外陣はこの内陣の三辺を一間の幅で囲んでおり、天井は水平な横木をあらく方眼状に組み、間に板を張った格天井です。内陣の奥の一間四方の段上には、福島県指定重要文化財である厨子が安置されています。この本殿は、少なくとも江戸時代初期の様式を備えております。・・・(後略) 郡山市教育委員会 」とあります。田村神社本殿は昭和43年に郡山市指定重要文化財に指定されています。



 
 
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